こどもの日と端午の節句って?飾るものに込められた意味と行事食??

こどもの日
ゴールデンウィークに含まれる祝日といえば、5月5日の『こどもの日』を一番に思い浮かべます。

子供だった頃の『こどもの日』は、子供である自分のための祝日だ!なんて、自分が主役になった気分で、なんだかとても特別な日のように思っていました。

学校が休みですし。

でも最近になって、良くよく考えてみると『こどもの日』ってなんだろう?と疑問に思う瞬間があったのです。

3月3日は女の子の日、5月5日は男の子の日と、漠然とそんな風には思っていましたが、近所の男の子の何気なく発した言葉に違和感を覚えたのです。

「おれ、きょねんのこどもの日に欲しかったものは、札束か、ゲーム機か、アイドルのCDアルバム」

こどもの日を完全に勘違いしているパターンの発言としか思えません。

そして、こんな事を義母にメールで連絡してくるお嫁さんもいるようですよ。

「今年からのこどもの日のお祝いは、子供たちのために有意義に使いたいので、現金でください。2人分を合わせて5万円でお願いします」

ちょっと理解に苦しみますね。

そこで今回は、こどもの日ってなんだろう?をテーマに記事をまとめてみました。

鯉のぼりや五月人形など飾られたりするものにも、こんな意味があるんですよ。

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こどもの日と端午の節句の関連性は?

『こどもの日』は『端午の節句』ともいいますよね。この二つの繋がりから見ていきましょう。

端午の節句・・・『節句』とは季節の節目を指し、1年に5つ存在する内の一つです。

節句
1月7日・人日(じんじつ)の節句(七草の節句)
3月3日・上巳(じょうし)の節句(桃の節句)
5月5日・端午(たんご)の節句(菖蒲の節句)
7月7日・七夕(しちせき)の節句(七夕)
9月9日・重陽(ちょうよう)の節句(菊の節句)

『端午』を分解すると『午』と『端』ですよね。『午』は十二支の午のことで5月を表し、『端』には最初という意味があります。

つまり昔は、5月の最初に訪れる午の日を『端午の節句』としていました。

後々、『午=五(読み方が共に‘ゴ’)』ということや、奇数の縁起の良さなどから端午の節句が5月5日となっていきます。

そして1948年7月20日以降の5月5日(1949年5月5日)より、祝日法2条に則って名称を『端午の節句』から『こどもの日』と変え、晴れて祝日として施行されるのです。

それまでの5月5日は祝日ではなかったのですね。

端午の節句が菖蒲の節句とも呼ばれていることから、菖蒲が武道を重んじるという意味の『尚武』と同じ読み方をすることから、武士の間では縁起のよいものとされるようになります。このことが、『端午の節句=男の子の日』と言われるゆえんですね。

その後、江戸時代に入ると公的な行事となった端午の節句は庶民にも広まり、端午の節句が男の子の健やかで健全な成長を祈願した行事とされていきました。

昔の子供、特に男の子は『神様からの授かりもの』とされ、5歳を迎えることで初めて『人間』と認められていたくらい、成長するのが難しい時代があったのですから、親としては子供の成長を願わずにはいられなかったのでしょう。

しかし『祝日法』なるものがあるとは驚きです。

因みに
気になる『祝日法2条』とは、『国民の祝日を次のように定める』となっており日本の祝日が記述されています。
こどもの日には、五月五日・こどもの人格を重んじ、こどもの幸福をはかるとともに、母に感謝する。と定められています。

こどもの日とは、親がこどもの健やかで健全に成長することを祈願する日です。子供自身は、そんな親を敬い労い感謝する日というのが、正しい解釈ではないでしょうか。

祝日法が施行されてからは、男の子だけでなく、女の子も一緒にお祝いする日となりました。

こどもの日に飾るものの意味とは?

こどもの日には、五月人形や鯉のぼりを飾り、菖蒲湯に浸かり、ちまきや柏餅を食べるというのが定番ですね。

では、それらにはどんな意味が隠されているのでしょうか。

一つずつ見ていきます。ポイントは、親が子供の成長を祈願するですよ。

鯉のぼり

戦国時代から庶民間で飾られるようになりました。

昔の家の床の間には鯉が皮を登る水墨画が飾られていて、縁起物として立身出世の象徴とされています。

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江戸時代中期も出世の縁起をかついで、男の子の出世と健全に育つようにという親の願いが込められ飾られていました。

元をたどると中国の『登竜門の伝説』という、龍門の滝を登りきると鯉が龍になって飛翔する、という伝説になぞらえて『自分の子供も健康に育ち大きくたくましくなるように』という願いを込めたものが鯉のぼりとなったのです。

今でもよく使う『登竜門』という言葉はここからきています。

鯉のぼりとは昇り龍を表しています。

鎧・兜

鎧や兜は体を守ってくれるものですね。

そこから、『災から身を守る』という意味合いで飾るようになりました。

武家社会において、神社に奉納して安全を祈願した風習が元になっています。

これを庶民がマネをして、端午の節句に飾るようになったことが風習として広まりました。

五月人形

五月人形のモデルになっているのが、♪マサカリかついで金太郎~♪でお馴染みの金太郎こと『坂田金時』です。

坂田金時といえば、源頼光との出会いで四天王の一人となり立派な武士になります。金時の力量が頼光に認められたのですね。まさに出世を絵に描いたかのような出来事だと思いませんか!

男の子の誕生を祝い、金太郎のような『強さ・たくましさ・賢さ』を備え、立派な大人へと無事に成長して欲しいという願いがこめられています。

菖蒲湯に浸かる

武家社会にて、尚武(武道を重んじるという意味)と菖蒲をかけて、端午の節句に菖蒲湯に浸かる風習が起源とされています。

また中国では、菖蒲の形が刀に似ていて、更に邪気を払うような爽やかな香りがすることから、男の子にとって縁起の良いものしてきました。

薬草としても使われ、季節の変わり目の体調を崩しやすい時期に菖蒲湯に浸かるのが一般的でした。

ちまきや柏餅

ちまきの起源は中国にあります。

春秋戦国時代を代表する屈原という政治家の命日が5月5日で、供養するためにちまきを食べられていました。

この屈原という男はとても正義感が強く、情に深い働き者だったのですが、策略によって失脚させられ、汨羅江に身投げしたそうです。

悲しみにくれる国民でしたが、せめて屈原の体が魚に食べられてしまわぬようにと太鼓を打ち鳴らし、ちまきを汨羅江に投げ込みました。

中国の『5月5日にちまきを食べて厄除けをする』ようになった風習が、日本にも伝わって食べられるようになったのです。

柏餅は完全に日本独特のもので、柏の葉は新芽がでるまで落ちないことから『家系が絶えない』という縁起物として扱われていました。

こどもの日の行事食って?

鯛の尾頭付き
実は『こどもの日』にこれを食べましょう!というものはありません。

強いて言うなら、先ほど紹介した『ちまき』と『柏餅』だけとなります。

端午の節句=菖蒲の節句は尚武、つまり武勇を願う節句だったため武道にまつわる行事ばかりが発展し、食文化が進まなかったようです。

初節句でも決まったしきたりのようなものありません。

だったら、縁起の良いとされる食べ物を使った料理をいっぱい作ってお祝いしましょう。

縁起の良いとされる食材
○たけのこ・・・真っすぐ伸びて大きく立派な竹になる。
○出世魚・・・ぶり・はまち・すずきなどは立身出世のゲン担ぎ。
○かつお・・・勝男に通じることから。こどもの日と初鰹の時期が重なっている。
○蓮・・・穴が開いているので、人生の見通しがよい。
○鯛・・・めでたい。
○豆・・・健康でまめに過ごせるように。
○小豆・・・邪気を払う。厄除け。
○海老・・・腰が曲がるまで健康に長生き。

こどもの日のまとめ

一口に『こどもの日』といっても、子供がお殿様のように偉ぶったり、お姫様のようにわがままを言ったりする日ではなく、子供の健康と健やかな成長を祈願する日です。

ですので、誕生日やクリスマスのようにプレゼントをする必要は全くありません。

ただいつも以上に願い、それを形にしてお祝いをしてあげたらいいのです。子供の成長を願わない親はいないのだから。

5月5日は鯉のぼりを飾って出世を願い、五月人形で金太郎のように強い大人に育って欲しいと願いましょう。

余談になるかもしれませんが、金太郎は生まれて来る前から父親を亡くしており、母親に育てられています。

金太郎は母親思いの優しい元気な子供だったと伝えられることから、祝日法2条も『こどもの人格を重んじ、こどもの幸福をはかるとともに、母に感謝する』という条文になったのではないでしょうか。

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