年明けの夜。
境内には人の波が絶えず、白い息とお香の匂いが混じり合い、鈴の音が絶え間なく響いている。
冷えた空気の中、和臣が真剣な表情でおみくじ箱の前に立った。
「よし、今年こそ“大吉”だな」
隣で俺が笑うと、彼は真顔でうなずいた。
「本気だから。今日の俺、運の流れきてる気がするんだよ」
そう言って、木箱の中へ慎重に手を入れる和臣。
指先で紙の端をそっと探り、真剣な表情で一枚をつまみ出す動作には無駄がなく、妙に神聖な空気すら漂っているようにも思えた。
……胸の前で大切そうにおみくじを開く。
指先の動きがやけにゆっくりに見えた、その瞬間——
「……え?……うそ、まって。なんで。“凶”って書いてある……?」
紙を光にかざした手がかすかに震え、顔色がみるみる変わっていくのがわかる。
手の中のおみくじを信じられないというようにわなわなと握りしめると、和臣は空を仰ぎ、肩を落とした。
その姿があまりにも大げさで、俺は思わず笑いそうになってしまった。
「そんなに落ち込まなくても」
俺は苦笑しながら、隣に立って肩を軽く叩いた。
「だって凶だぜ? “病気なおらず”って書いてあるし、“失せ物出ず”だし、“願い事叶わず”だし……!新年早々、終わったな」
「大げさだよ」
「大げさじゃねぇ……。もしだぞ?」
「ん?」
「俺の“凶”が、悠真に移ったらどうしよう……だって俺たち、さっき手つないで歩いてただろ? “運”って、伝染するかもしれないじゃん……」
真顔で言うものだから、俺は一瞬、息をのんだあと――吹き出しそうになるのをぐっとこらえた。
あまりにも可愛すぎることを言うから、胸の奥が熱くなる。
「……そんな、ウイルスみたいに言うなよ」
「でもマジなんだって!」
和臣は焦ったように続ける。
「俺のせいで悠真に不幸が降りかかったらどうすんだよ。転んで骨折とか、スマホ落として壊すとか、急に財布なくすとか……!」
和臣の妄想がどんどん膨らんでいく。
俺は笑いながらも、彼の不器用な優しさに胸がぎゅっと締めつけられた。
「ねぇ和臣」
「……なに?」
「俺、ちょっと嬉しいかも」
「え?」と彼が顔を上げる。
境内の明かりがその瞳に反射して、雪の粒みたいにきらめいた。
「だってさ、“凶”のおかげで、和臣にこんなに心配されてる。今の俺、けっこう幸せかも」
和臣が一瞬きょとんとして、それから照れたように笑った。
その笑顔を見て、俺は確信する。
――大丈夫。おみくじの“凶”なんて、ラッキーのはじまりなんだから。
目 次
おみくじで『凶』を引いても大丈夫!本当の意味とは
皆さんこんにちは、悠真です。
今日は、皆さんがおみくじで「凶」を引いてしまった時に、決して落胆することなく、むしろポジティブに受け止めていただけるように、その本当の意味についてお話したいと思います。
新年の初詣などでおみくじを引く機会って多いですよね。
その中で「凶」という結果を目にすると、どうしても不安な気持ちになったり、これから悪いことが起こるのではないかと心配になったりする方もいらっしゃるでしょう。
でも結論からお伝えすると、「凶」は決して恐れるべきものではありません。

……え? “凶”って別に恐れるものじゃないって……なんで? 普通に考えたら悪いことの前触れみたいなもんじゃん。

和臣のその気持ち、わかるよ。でもね、ちゃんと意味を知れば安心できるから。このあと順番に説明していくね。
おみくじは神さまからの「手紙」
まず、おみくじを単なる「占い」と捉えないでください。
僕が皆さんにお伝えしたいのは、おみくじは今の皆さんの状態を神さまが教えてくださる「手紙」のようなものだということです。
その手紙には、皆さんの現状、そしてこれからどう行動すべきかという、神さまからの大切なアドバイスが記されています。
神さまは、僕たち一人ひとりのことを常に見守り、最善の道へと導こうとしてくださっている存在ですからね。
その「今」を教えてくださるのが、おみくじなんですよ。

……えっ、おみくじって神さまからの手紙だったの? ただの運試しだと思ってた……そう考えると、急に尊いものに思えてきた。

でしょ? だから……神さまの想い、ちゃんと受け取らなきゃね。
「凶」は最高の「スタートライン」

……とはいえ、凶は凶なんだよなぁ
おみくじで「凶」が出たからといって、決して終わりを意味するわけではありません。
むしろ、それはこれ以上悪くなることはない「最高のスタートライン」だと、僕は皆さんに考えてほしいのです。
ほら、現状が最も悪い状態であるのですから、あとは良くなる一方だという非常にポジティブな捉え方だってできますよね。
世の中には「凶」を引いたことをきっかけに現状を見つめ直し、かえって大きな幸運を掴んだという話も少なくありません。
この「凶」というのは、皆さんに伸びしろがあることを示す、ある意味ではめでたい兆しなんですよ。

今が底ってことは…あとは登るだけか。すげぇ…その考え方、ちょっと感動するんだけど。そっか…これって、逆にチャンスなんだな
ちなみに、「凶」という漢字をよく見てみてください。
箱のフタが開いていて、そこから今にも「メ」が出てきそうに見えませんか?
つまり「メが箱から出たがっている」、それは「メが出たい」、そして「めでたい」に通じるんです。
まさに、今から先の未来が良い方向へ伸びるという予兆を示しているんですよ。

……ちょ、なにそれ! 『凶』ってそんな秘密仕込んでたの!? めでたいって…もうこれ、マジで当たりじゃん!発想が天才すぎる!

な? こうしてみると、凶もまんざらでもないだろ
おみくじの「引き直し」は絶対にNG

……じゃあさ、もしかして、もう一回引いたら大吉とか出たりして? いや、ほら…めでたい凶をつかんだ今、上を狙えるかもっていうか…
皆さんも経験があるかもしれませんが、「凶」が出たからといって、もう一度おみくじを引き直そうと考えるのは、絶対にやめてください。
なぜならこれは、神さまに対して大変失礼な行為にあたるからです。
おみくじは、神さまからの一度きりの大切なメッセージ
現状を教えてくれて、これからの行動についてアドバイスをしてくださっているのに、それを自分の都合の良い結果が出るまで何度も引き直すというのは、そのメッセージを真摯に受け止めないことになってしまいます。
一度受け取った手紙はどんな内容であれ、真摯に受け止めるべきだということを心に留めておいてほしいですね。
もし神さまからの言葉を受け止められないのであれば、それはまだおみくじを引くレベルには達していない、ということかもしれませんよ。

……だから、そんなこと考えちゃダメだよ。せっかく神さまが“今の和臣”に書いてくれた手紙なんだから、ちゃんと受け取ろ?

……うん、ごめん。ちょっと欲張っちゃった
統計的に見て「凶」は心配なし

…でもさ、本当に『凶』を引いても不幸になったりしないのかなぁ?
「凶」を引くと、どうしても悪いことが起きるのではないかと不安になりますよね。
しかし統計的に見ても、その心配は杞憂に過ぎません。
一般的に、おみくじで『凶』を引く確率は、約3割弱と言われています。
つまり、おみくじを引く人の約3人に1人は『凶』を経験するということで、決して珍しいことではないんですよ。
さらに興味深いデータとして、実際に『凶』を引いた人の中で、そのおみくじが原因で本当に悪いことが起きたと感じている人は、そのうちの1割にも満たないという現状があります。
つまり、『凶』を引いたからといって、必ずしも悪いことが起こるわけではないということ。
むしろ「凶」きっかけで気を引き締め、慎重に行動することでかえってトラブルを避け、良い方向へ向かうことが多いのです。

じゃあさ、悪いことが起きるかどうかって…結局、気づけるかどうか次第ってこと?
たとえば、『穴に注意』という看板があったとして、穴を避ければ事なきを得るものを…穴を避けることをしなければ落ちて大怪我をしてしまうでしょう?
そういう、当たり前の努力をすることで、未来は変えられるんです。
皆さんの人生において、『凶』が大きく影響することは決してありません。
何事もプラス思考で考えることが大切なんですよ。

不運って、降ってくるもんじゃないんだ。それに気づけた時点でもう半分は回避できてる。あとはちゃんと行動するだけだよ。
神さまからの「手紙」は、結ばずに持ち帰るのが正解

よし、じゃあこの凶、しっかり結んで帰るか…っと。

待って和臣。今のその気持ち、ちゃんと持ち帰って時々読み返して思い出せるようにしようよ。
おみくじを引いた後、その紙を境内の木の枝などに結んで帰る方が多いですよね。
しかし、実はおみくじは持ち帰り、定期的に読み返して生活の指針にすべきものだと、おみくじを発行している女子道社さんも回答しているんですよ。
神さまからいただいた大切な「メッセージ」だからこそ、持ち帰って何度も読み返し、その時の気づきを忘れないようにするという意味合いがあるんです。
繰り返しになりますが「凶」を引いても「大凶」を引いても、それは現状を表しているにすぎません。
おみくじの内容をよく読んで慎重に行動すれば、吉にも大吉にも転じることができるんです。
備えあれば憂いなし
逆にね、皆さん。
大吉を引いたからといって気を緩め、何の努力もせずボーッと過ごしてチャンスを掴まなければ、小吉にも凶にもなってしまうものなんです。
おみくじの結果に一喜一憂して落ち込む必要は全くありません。
神さまは常に僕たちの行動を見守ってくださっています。
大吉だろうと、大凶だろうと…何の努力もせず堕落していれば、救いの手など差し伸べてはくださらないということを、心に留めておきましょうね。
まとめ:大切なのは、結果をどう受け止め行動するか

おみくじの「凶」は、決して不幸の始まりではありません

むしろ、現状を見つめ直し、より良い未来を築くための神さまからのメッセージなのです
たとえば、信号が赤になったら一度立ち止まるように「凶」もまた、あなたの足を止めてくれる合図。
焦って進めば危ないときに、「今はゆっくりでいいよ」と教えてくれているのです。
だからこそ「凶」を引いたときこそ、自分の足元や周りを見渡してみましょう。
小さな変化に気づき、危険を避け、チャンスを逃さない――そういう心持ちでいれば、凶はあなたを守る強力なお守りに変わります。
僕は、こんな風に思っているといいと思います。
「これは不幸の宣告じゃなくて、神さまが僕にだけくれた特別なアドバイスなんだ」
そう考えると不安は静まり、むしろ背中を押されるような感覚になります。
僕と和臣も、この「凶」のおかげで、お互いの絆をより強く感じることができました。
どんな運勢でも、大切な人と手を取り合っていれば、きっと最強の運勢に変えられるはずです。
運勢は紙切れ一枚が決めるものじゃありません。
それをどう受け取り、どう活かすか――そこにこそ、本当の運命が宿るのです。
それでは、今回はこのへんで。
おまけ:凶がくれた、俺たちの未来
参拝を終えた境内をあとにすると、冬の空気が一段と澄んで感じられた。
行き交う人の吐く白い息が街灯に溶けて、冷たい空へゆっくり消えていく。
俺と和臣は並んで歩いて帰路につく。
手袋越しでも、指先が触れるたびにぬくもりが伝わってくる。
そのたびに、さっきまでの“凶ショック”が少しずつ笑い話に変わっていくのがわかった。
「……なあ、悠真」
不意に和臣がポケットからおみくじを取り出し、“恋愛”の欄を指でなぞりながらつぶやいた。
「 “現状維持が吉”だってさ。神さま、俺に何が言いたいんだろうな。お前との関係は、進展なしってことかぁ」
その言葉に思わず吹き出しそうになった俺の、心の奥に浮かんだ言葉がふと唇からこぼれる。
「……あんなに毎晩いろんなことしてるくせに、これ以上どんな進展を望んでんの?」
「え、今なんか言った?」
「ううん、何でもない」
とっさに笑ってごまかすと、和臣が不思議そうにこちらを覗き込んだ。
「ふーん?」
その目があまりに真っすぐで、心臓が跳ねた。
「じゃあ、悠真の恋愛欄は?」
「俺の?」
ポケットからおみくじを取り出して、指で開く。
「俺の恋愛運は――“信じれば叶う”だって」
和臣が一瞬、目を細めた。
「……信じれば、叶う、か」
「うん。俺ね、けっこう信じてるんだ」
和臣がこちらを見る。
「何を?」
「和臣を」
その言葉を口にした瞬間、胸の奥がじんとあたたかくなった。
「東京でいろんなことがあったけどさ、俺、どんなときも和臣を信じてた。つらいことも、悲しい夜も。それでも信じてたから、ちゃんと今日こうして隣にいられるんだって思ってる」
少しだけ間をおいて、続けた。
「だから福岡にもついて来たんだよ。俺が信じてるのは、これからもずっと和臣なんだ」
言い終えたあと、和臣が俯いた。
その横顔に街の灯りが淡く映り、唇が小さく動く。
「……俺もさ、思い出した」
「え?」
「俺がこれまでしてきたこと――悠真を困らせたことも、泣かせたことも。全部、お前を守るためだったんだって」
静かな声で、けれど確かな熱を帯びていた。
「おみくじの“現状維持”ってきっと、悠真の笑顔をこれからも守れって意味なんだな。……神さま、なかなか粋なこと言うじゃん」
そう言って、和臣が俺の手をそっと握った。
手袋の上からでも伝わるそのぬくもりに、胸の奥が一段とまた熱くなる。
「なぁ悠真」
「ん?」
「俺たち、たぶんもう叶ってるんだと思う。信じて、守って、笑って……それだけで、十分幸せだろ?」
その言葉に、俺はゆっくりとうなずいた。
「うん。これが“吉”なんだと思う」
冬の夜風が頬をかすめても、二人のあいだには春みたいな温度があった。
「なあ、帰ったらさ」
和臣が耳元でささやく。
「ココア飲もうぜ。あったかいの。……で、現状維持についてもうちょっと語ろう」
「まだ語るの?」
「うん。身体で語るほうのやつ」
――凶だろうが、現状維持だろうが、信じればちゃんと幸せはそこにある。
だって今、こんなにも幸せなんだから。
今年もまた、和臣と笑っていられますように。
ねぇ神さま、“凶”も、“現状維持”も、きっと、俺たちへのエールなんですよね。


