透真は、ふと陽翔の部屋を訪れたとき、机の上に広げられたカードに目を留めた。
陽翔が丁寧な文字で書いた『母の日おめでとう』の一文が、カードの中央に堂々と並んでいる。
ねえ陽翔。
それ、ちょっと違わない?
不意に声をかけられた陽翔は、振り返って透真を見上げる。
え?違うってどういうこと?
陽翔の素朴な反応に、透真は思わずほほえみながら言葉を続けた。
『おめでとう』って、誕生日みたいじゃん?
母の日なら、もっと違う言葉が合うんじゃないかな?
あなたも母の日のメッセージカードに『母の日おめでとう』って書きますか?
じつは『おめでとう』だと、ちょっと変なんですよね。
そこで今回は、母の日・父の日・敬老の日に、おめでとうがおかしいと言われる原因についてまとめました。
二人のやり取りから、母の日にふさわしい言葉について考えてみましょう。
目 次
母の日・父の日・敬老の日に『おめでとう』はおかしい
でもさ、なんで『おめでとう』っておかしいんだ?
普通に祝う言葉じゃん。
祝う言葉ではあるけど、母の日だとシチュエーションがちょっと違うんだよ。
『おめでとう』という言葉は、一般的になにかの達成や祝賀や慶事を表す際に使われます。
たとえば誕生日や結婚式、卒業式など、特定の出来事や節目を祝うための言葉として、日本語のなかで定着していますね。
『おめでとう』には「何か新しいことが始まる」「特別な出来事があった」というニュアンスが含まれているのです。
- 誕生日は、新しい一年のはじまり
- 結婚式は、新しい生活のはじまり
- 卒業式は、
また、文化的な背景をみても、母の日に『おめでとう』を使う習慣は一般的ではありません。
英語圏でも『Happy Mother’s Day(母の日おめでとう)』よりも、『Thank you for being my mother(お母さんでいてくれてありがとう)』といった感謝の言葉が主流となっています。
なるほど。
たしかに『おめでとう』は、ちょっと違うかな。
おめでとうの言葉とは
母の日・父の日・敬老の日に『おめでとう』が相応しくないのは、言葉の成り立ちからもわかります。
おめでとうとは、『めでたし』の連用形である『めでたく』が変化したのが『めでとう』となり、『お』を加えることで丁寧さを表現しています。
意味は、『あなたは非常に祝福すべき状態です』となります。
また、愛おしいものに対して『愛(め)でる』と言いますが、『愛でる』の程度を強めた『甚(いた)し』をくっつけた言葉が『愛で甚し(めでたし)』という説もあります。
意味は、『これ以上ないほどに愛おしくも素晴らしい』といった愛情の深さが表れた言葉となっています。
これらを踏まえると、『母の日おめでとう』は次のように解釈することができます。
『母の日を迎えたあなたは、祝福すべき状態にありとても素晴らしいことです』
ちょっと、モヤモヤしませんか?
新年を迎えたときや結婚したとき、表彰されるときなどにはピッタリ当てはまる言葉ですが、母の日には似つかわしくないですよね。
それは『おめでとう』の言葉には、感謝するという意味がないからです。
『おめでとう』という言葉が決して悪いものではありませんが、使うべき場面を選ぶ必要があります。
あー、なるほど。
でも・・・なんだか難しいな。
大丈夫。
言葉にはちゃんと意味があるから、使い方を知ると伝えやすくなるよ。
うーん。
透真ってやっぱり賢いな。
ありがとう。
でも、陽翔もちゃんと考えてるから大丈夫だよ。
母の日・父の日・敬老の日に伝える言葉は『ありがとう』
・・・じゃあ、母の日はどんな言葉でお祝いしたらいいんだ?
そもそも母の日・父の日・敬老の日は感謝する日であって、お祝いをする日ではありません。
ゆえに「母の日」に『おめでとう』を使うことは、適切ではないとされています。
母の日は、母親への感謝をあらわす日です。
母親としての役割を果たしてくれていること、日々の労働や愛情に対して「ありがとう」を伝えるのが主旨となります。
母の日は「努力が報われた」り、「何か新しいステージ進む」という、達成や節目を祝う日ではありませんよね。
母の日に伝える感謝は、「お母さんでいてくれてありがとう」「いつも支えてくれてありがとう」という日常の愛情や努力に対するものです。
『ありがとう』はとても不思議な言葉で、自分のことも相手のことも認めて安心させてくれる言葉なのです。
陽翔がカードを書き直しているあいだ、透真はそっと隣に座り、ふと口を開いた。
母の日って、改めて考えると不思議な日だよね。
普段から感謝してるつもりでも、なかなか『ありがとう』って直接言えないし。
それな。
俺も照れくさくて、面と向かって言うのはキツイ。
でもメッセージカードならなんとかいけそう。
うん。
言葉にするだけでぜんぜん違うよ。
お母さん、きっと喜ぶね。
透真の穏やかな声に励まされ、陽翔は真剣な表情でカードに『いつもありがとう』と書き足した。
ありがとうの言葉とは
『ありがとう』を漢字に変換すると『有難う』と書きますよね。
これは『わたしもあなたも、今ココに存在すること自体が難しく貴重なことだ』という意味です。
『ありがとう』の反対語は『当たり前』という言葉で、存在自体が奇跡ではなく当たり前なのだと解釈するわけですから感謝する気持ちはありませんね。
高価なプレゼントや豪華な花束もステキですが、心からの「ありがとう」の言葉には、それ以上の価値があるのです。
ありがとうってさ、母さんがいてくれたから、俺もこうして生きてるんだよな。
それって奇跡だよな。
奇跡?
そう。
親が出会って俺らが生まれて、こうして透真と一緒にいられる。
それが一番の感謝だよ。
・・・もう、陽翔って、ほんとズルい。
ズルくていいから、ずっと俺のそばにいて。
耳元で呟くように囁いた陽翔は、透真の肩をやさしく抱き寄せぬくもりの中に包みこんだ。
母の日と父の日とはちょっと違う特殊な敬老の日
陽翔。
じつは敬老の日って、母の日・父の日とはちょっと違って特殊なんだよね。
・・・敬老の日?
陽翔の胸の中からエスケープした透真は、顔を真っ赤にしたまま説明し始める。
というのも、敬老の日だけは『祖父母と孫』という関係だけが成り立っているわけではありません。
- 施設のおじいちゃんおばあちゃん と 近所の小学生
- 施設に入寮しているお年寄り と スタッフ
と、血の繋がりがない関係も成立つのです。
お年寄りを敬う日にメッセージを添えるのに『敬老の日おめでとう』はもちろんおかしいですが、『いつもありがとう』もちょっと違う気がします。
あー、そうか。
血が繋がっていないご高齢者が相手ってなると、ちょっと違うね。
だよね。
ありがとうって、感謝の気持を伝える言葉だけど、何かをしてもらったことに対しての言葉だからね。
そんなときには、こんなメッセージがオススメです。
- いつも素敵な笑顔をありがとう
- 楽しいお話しをありがとう
そのお年寄りにしてもらって嬉しかったことや場が和んだことなど、その人に合う文言を使うことで喜ばれます。
寝たきりや反応が少ない人には、こんなメッセージがオススメです。
- 来年も一緒にお花見に行きましょうね
- 今年も一年、お元気にお過ごし下さいね
スタッフの思いや願いを込めたメッセージにするといいですね。
表情がない人や失語症の人には、メロディーの出るカードや絵が飛び出すカードに言葉を添えるといいですよ。
透真。
俺と出会ってくれて、俺を受け入れてくれて、本当にありがとう。
な・・・なんだよ、急に改まって。
やっぱ奇跡だなって思って、ありがとうが言いたくなった。
母の日・父の日・敬老の日におめでとうはおかしい?正しくは・・・、のまとめ
母の日・父の日・敬老の日に相応しい言葉は『ありがとう』です。
『おめでとう』ではありませんので、意味をはき違えないようにしたいものです。
『ありがとう』にしても『おめでとう』にしても、どっちもしっくりこないという事があります。
それは『父の日』や『母の日』の文言を、無理にメッセージに入れようとしているからこんがらがってしまうのです。
『母の日ありがとう!』では、言葉の言い回しがおかしくなります。
だから『母の日』+『おめでとう!』と、してしまいがちになるのです。
メッセージカードには『母の日』や『父の日』という文言を使わずに、感謝の気持ちを言葉にしてみるとしっくりするはずです。
「お母さん、いつも美味しいお料理を作ってくれて“ありがとう”」
「お父さん、家族のためにいつもお仕事頑張ってくれて“ありがとう”」
「おじいちゃんおばあちゃん、いつまでも元気でいてくれて“ありがとう”」
母の日・父の日・敬老の日という特別な日だけでなく日頃から、どんなに小さく些細なことにでも「ありがとう」が言えると素敵ですよね!
★おまけ★
陽翔は透真をまっすぐみつめながら、そっと頬にふれた。
出会ったときの俺は人間としてダメで、終わってた。
でも透真がいたから、今の俺がいる。
真っ当な道に引き戻してくれた。
そんな・・・おおげさ。
おおげさじゃない。
本気でそう思っている。
透真がいなかったら、俺、どうなってたか分からない。
陽翔の紡ぐ言葉はどこまでも甘く、どこまでもやさしい。
高鳴るトキメキを陽翔に気づかれたくなくて、透真は思わず視線をそらした。
お前が俺の人生を変えてくれた。
だからお前は俺の奇跡なんだ。
ありがとう。
・・・俺、陽翔に、なにも・・・。
透真がそこにいるだけで、俺は救われてるんだから。
なにもなんて、そんなの絶対にないよ。
ふいに握られた透真の手が陽翔の心臓に押し当てられ、トクントクンとなる鼓動を感じる。
わかる?俺の心臓。
お前が世界で一番大切だよって、言ってる。
俺も。
陽翔が・・・大切だよ。
声を絞り出すようにそういって陽翔の手を握り返した透真は、今度は自分の胸へと導いた。
ありがとう。
・・・ありがと、陽翔。
陽翔の長い指が透真の前髪をやさしくかきあげ、やわらかいキスを一つ落としたのだった。