七夕の行事食がそうめんである由来!アレンジレシピと索餅のつくり方

7月7日の七夕の日は、天の川によって引き裂かれた織姫と牽牛の、一年に一度の再会が許された日ですよね。

 

そんなロマンチックあふれる特別な日に食べるものといえば・・・???

 

1月1日の正月は、おせち料理

3月3日のひな祭りは、ちらし寿司・ひなあられ

5月5日のこどもの日は、ちまき・かしわ餅

 

では、7月7日は???・・・そうめんです!

 

夏になれば誰しもがお手軽にすすっているそうめんが七夕の行事食だなんて、甚だ信じがたいのですが本当です。

 

手のこんだ料理ではなく、沸騰させたお湯でゆでるだけででき上がるそうめんが、七夕の行事食なんです。

 

意外すぎて、かなり違和感を覚えます。

 

そこで今回は、七夕の行事食がなぜそうめんになったのか、いつからなのか、どんな裏話があるのかなどについてまとめました。

 

七夕にぴったりのレシピもご紹介します。

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七夕の行事食がそうめんである由来!

そうめんが行事食として食べられるようになったのは最近のことではなく、実は1,000年以上も前の奈良時代からだったのです。

 

奈良時代といえば『鳴くよ(794)うぐいす平安京』というフレーズで年表を頭に叩き込んだ、あの時代ですよ。

 

そんな大むかしから、七夕の行事食はそうめんだったのです。

 

ただし、一口にそうめんといっても、私たちが慣れ親しんで知っている白くて細い形状のものではなく、ツイストドーナツのようの形のものでした。

 

名称も『そうめん』ではなく、『麦縄(むぎなわ)』とよばれていました。

 

そうめんの歴史

古代中国の伝説

というのも、もともと七夕というのは、古代中国から日本に伝わって定着した行事です。

 

故に行事食も、七夕と一緒に古代中国から伝わってきました。

 

古代中国の方たちが、七夕の行事食として食べていたものが『索餅(さくへい)』というお菓子でした。

 

索餅の『索』には、太い縄という意味

索餅の『餅』は、小麦粉と米粉を混ぜたものを表す

 

小麦粉と米粉を混ぜたものでつくった太い縄状のお菓子なので、索餅と呼ばれていました。

 

では、なぜ古代中国では七夕に索餅を食べていたのか?ってことになりますよね。

 

実は古代中国にはこんな伝説があって、そこから7月7日に索餅が食べられるようになったそうなのです。

 

その昔、古代中国の帝の子供が7月7日に亡くなりました。

 

しかしその後、その亡くなった帝の子供は一本足の鬼へと姿を変えて、疫病を流行らせたのです。

 

流行り病に困った人々は知恵をしぼり、とった対策が『索餅をお供えすること』でした。

 

索餅は帝の子供が生前、大好物にしていたお菓子だったのです。

 

人々のヒラメキは大当たり。

 

索餅をお供えするようになると一本足の鬼の祟りは静まり、疫病も次第に収束していきました。

 

再び疫病が流行らないようにと、それ以来7月7日には索餅が供えられるようになりました。

 

索餅は、鬼を鎮めるためのお供え物だったのです。

 

古代中国ではこの故事に因んで、「一年間無病息災で過ごせるように」と願いをこめて、帝の子供が亡くなった7月7日の七夕に索餅を食べる風習が生まれたのでした。

 

古代中国からの伝来

古代中国から、七夕と索餅が伝わってきたのが奈良時代です。

 

日本でも伝わった当初は索餅として作られていましたが、その形状が縄に似ていることから『縄麦』として慣れ親しむようになっていきます。

 

索餅と縄麦は呼び名が違うだけで、材料に違いはありませんでした。

 

麦縄は、索麺(さくめん)とも呼ばれていたことから、その言葉がなまって次第に『そうめん』となっていったのです。

 

もしくは、『索』の漢字が『素』という字にも見えなくもないことから『素麺』が誕生したとも考えられています。

 

さくめん⇒そうめん

索麺⇒素麺

 

移り変わる時代とともにそうめんはどんどん細く改良されていき、現在のようにすすって食べられるようになるのは江戸時代に入ってからになります。

 

そうめんの形状細くなっても、七夕の日には無病息災を願って食べられていました。

 

現在でも7月7日に食べるそうめんのことを、この鬼の故事に因んで『鬼の腸(はらわた)』といいます。

 

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その他の説

そうめんが天の川に似ていることから、貴族がそうめんを神様に供えるようになったという説。

 

織姫の仕事道具の機織り機にかかっている白い糸をそうめんに見立て、機織りが上達するようにと願いを込めて食べるようになった説。

 

七夕行事食・そうめんのアレンジレシピ

そうめんの可愛くアレンジレシピ

せっかくの七夕という素敵な日に、いつも通りにそうめんをすすって食べるのは・・・ちょっと寂しいですよね。

 

七夕らしく、そうめんを華やかに盛り付けて可愛くアレンジしましょう。

 

涼し気なガラスのお皿か、夜空を連想させる青いお皿に盛り付けるのがコツです。

 

茹でたそうめんを、天の川に見立ててお皿の真ん中に盛り付けます。

 

そのそうめんの上や周りに、薄焼き卵・茹でたニンジン・ハム・きゅうりなどを星型の型抜きでくりぬき飾り付けます。

 

オクラは輪切りにするだけで星形になります。

 

めんつゆをかけて出来上がりです。

 

めんつゆの代わりに、ノンオイル青じそドレッシングをかけることで、さっぱり頂けるのでおすすめです。

 

七夕行事食・そうめんの元祖索餅のつくり方

そうめんのもととなる索餅は、小麦粉ともち米の粉をこねて細く伸ばして、縄のようにねじった形状のお菓子でしたよね。

 

見た目や食感はかりんとうのようなお菓子です。

 

これを現代風にホットケーキミックスを使って、より食べやすくより美味しく再現してみましょう。

 

一本足の鬼を鎮めた言い伝えにあやかり、無病息災を願って七夕レシピに加えてみてはいかがでしょうか。

 

索餅の材料

白玉粉100glam

ホットケーキミックス100glam

牛乳90CC

強力粉20glam

卵一個

粉砂糖

 

索餅のつくりかた

白玉粉・牛乳をよく混ぜて、だまをなくす

ホットケーキミックス・強力粉・卵を加えよく練る

タネをひとまとめにして16等分にする

16等分にした1個を30cmくらいの棒状に伸ばす

それを半分に折返し、ねじって形を整える

フライパンに多めの油をしき、低温で揚げ焼きにする

きつね色になったらフライパンからあげる

粉砂糖をまぶして出来上がり

 

意外とかんたんに作れるお菓子ですので、ぜひチャレンジしてみてください。

 

七夕の行事食がそうめんである由来!アレンジレシピと索餅のつくり方のまとめ

7月7日の七夕の日の行事食は、そうめんです。

 

奈良時代に古代中国から伝わり、平安時代・鎌倉時代と長きにわたり食べられてきました。

 

時代の流れで縄のように太かった形状は、どんどん細くなっていき、すすれるようになったのが江戸時代にはいってからでしたね。

 

そしてついに、7月7日が『そうめんの日』と制定されたのが昭和57年です。

 

七夕の行事食がそうめんであることも因んでいるのですが、それよりも、これからの未来を担う子どもたちに引き継いでもらう意味を込めて、全国乾麺協同組合連合会が認定したそうですよ。

 

無病息災、そして私たちの明るい未来を願って、7月7日の七夕の日に素麺と索餅を食べてみてはいかがでしょう。

 

 

 

 

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